最近のこと。

さて、目下バンド活動は凍りついた。
直接的な要因はあっても別に誰が悪いって訳でもないんだと思う。
2007年の9月から練習を再開して、
2008年の3月から丸2年半、GOODMANの月いちライブを続けた。
練習もろくに入れず、次また次と続けるライブは
ルーティンに陥っていた部分もあった。
客が入らないことは正直どうでもよかったけど
ライブを何とか成立させるのに必死で
クリエイティブに割くためのエネルギーが
欠けてしまってたのがまずかったと思う。


僕らは何か擦り切れちまったんだと思う。
あがけば、強引に継続できなくもないけど
ちょっとひと呼吸置けばいいんだと気楽に考えるようにしている。
どっちみち、このホームタウンというバンドは
前にも2年くらい穴を空けているんだ。
ちょっと家を空けて、最終的にまた帰ってくればいい。


だから今、またいずれ家に帰ったときに
やるための、超絶な名曲を考えるとともに、
このバンドの2005年から録り溜めた音源を整理して、
1枚のCDにできないかと試したりしている。


中途半端に中断して、疑心暗鬼もあるだろう。
簡単にやめやがって、と失望している人もいるだろう。
でも出来ればこれについて面倒なことは考えたくない。
少なくとも後ろ向きな気持ちではいないつもりだ。


先日、三鷹に居を移したPERI君と吉祥寺で遊んだ。
高田渡をしのんで「いせや」で呑もうとしたけど、
混んでたから駅前の白木やで安上がりに呑んだ。
詳細を書くとまた本人に怒られるから何も書かないけど。
ノーフューチャーでも何でも、
とにかく行動している彼を尊重するし尊敬もする。


最近、色々な人たちの話を耳にして、
何とも言えない複雑な感情に駆られる。
例えば、長年会ってない同級生の、人づてに聞いた結婚やら、
成功談やら何やら。
順当に生きたやつに与えられる、順当な幸せ。
それはもちろん悪いことではないんだ。
ひとつ確実なのは、これまでの生き方に対するツケもしくは報酬が
リアルにはねかえってくる年齢に、知らずのうちに
なっていたということだ。
当然なのかもしれないけど、周りを見渡して初めて気づいたのは
モラトリアム気分を引きずってる証拠だろうね。


周りの同年代には医者になったようなやつも、ニートのやつもいる。
だけど、そういったことに何の価値も感じないし
人間的にどちらが優れているわけではないことも明白だ。
しかし、いま現実に格差があること。
ブラック企業蟹工船みたいに働いて孤独なやつもいれば、
悠々自適で収入もあってアフターを楽しむやつもいる。


いま、恐らくとても当たり前の話をしてると思う。
だけど、僕の周りにはなぜか報われていないやつが一杯いるし
安易な場所で安易に与えられている報いというものに
怒りや憤り、焦り等を禁じ得ないのだ。


だって、皆与えられた状況のなかでそれなりに頭を使いながら、
必死になって生きているのに。
誰が偉そうなことを言えるって言うんだ?
調子に乗ったことを言うやつの口をへし折るためなら、
労力をいとわない。
刺されないよう緊張して生きろよ、クズども。と思う。


ただひとつ思うのは、自らドロップアウトしたようなやつは
本当に頭を使って生きなければ、特に今みたいな時代にはダメだ。
マイノリティにはマイノリティにしか見えない世界や、
幸福があるのは確実だ。
それをしっかりと享受しつつ、幸福の価値を測りながら、
生きることに折り合いをつけてサバイブする。
そんな当たり前のことが非常に重要ではないだろうか。


と、久々に支離滅裂な戯言を書き殴る。
しかし誰にも最近会ってないな。皆元気かな?
あといまいち面白くないけどツイッターに手を染めてるから
フォローしてみるといいですよ。
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