社会人の戯言。

たまには「日々の戯言」ってタイトル通りの、
戯言を書いてみたい。


社会人になって、相変わらず迷っている。
五月病というのとは多分違う。
むしろ、夜寝て朝起きる生活になって、
精神状態は学生時代より圧倒的に安定している。
逆に、小じんまりと完結してしまっている自分が
マズイと思う。


社会人になった今だからこそはっきり言うけど、
サラリーマンというのはやはり不真面目な生き物に
思えてならない。
夜寝て朝起きて、やりたくもない仕事を何となく
こなして、時間を浪費している。
ルーティンワークを繰り返すうちに、自分のやりたい
ことが分からなくなる。
働いているということで周囲の人間が認知かつ評価
してくれるので、プライドがそこで満足して、
「まあこれでいいか」になってしまう。
仕事に甘んじてしまう。


仕事してるったって、別にエライことじゃない。
仕事なんて、食うために必要なことなんだから
誰だってするよ。
問題はその先であって、やっぱり人間として生まれ落ちた
からには、己を燃焼させなきゃ意味がない。
己の欲望にできる限り忠実に生きなければ仕方がない。


サラリーマンがやっぱり向いていないなと思うのは、
まず、出世とか全くしたいと思わないし、
お金を稼ぐことにも興味がない。
さらに言うと、安定ということに興味がない。
安定というのは実は不安定であって、
仕事をやめたりするだけで簡単に崩れ去るものじゃ
ないですか。
安定を保つために強迫観念に縛られるのが耐えられない。
だったら最初から不安定な地盤の上で、失うものがない
状態で動いていたい。


今働いていることに対しては後悔はない。
働いてないということに対しての変な引け目がずっとあったし、
編集の仕事を、やってみたかったし。
全部チャラにしてまでやりたいことが本当にあるのか、
何に魂を燃やせるのかを見定めよう。
とにかく俺は気が多すぎるんです。
見定まったら、それ以外の一切を捨て去ろう。


<人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。
ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。
財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって
人間は自在さを失ってしまう。
過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて
身動きができなくなる。
人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれ変わって
運命をひらくのだ。
それには心身とも無一物、無条件でなければならない。
捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。>
岡本太郎『自分の中に毒を持て』)


<オイ満足しすぎちゃいけないぜ。
人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。
満足は誰でも好むよ。けだものでもね>
<君、不幸にならなければいけないぜ。うんと不幸に、ね。
そして、苦しむのだ。不幸と苦しみが人間の魂のふるさとだから>
坂口安吾「風と光と二十の私と」)


大好きな言葉の数々が、社会人になってどんどん
切実に響いてくる。