北温泉旅行記〜初日。(前篇)

 2013年11月16日(土)から栃木県那須温泉郷北温泉に一泊した。北温泉は15mある野外の温水プール(泳ぎ場)や天狗の湯で知られる「関東最後の秘湯」。江戸・明治・昭和三代の木造建築が現役で使用され、湯治場の雰囲気を色濃く残す温泉としてコアな人気を誇る。近年では映画「テルマエロマエ」のロケでも使用された。
 つげ義春のイラスト画や桜玉吉作品で以前より憧れを抱いていた地であり、今回大下氏を道連れにして出掛けた。本稿はその記録である。
東北本線で黒磯へ
 11月16日(土)Am7時40分起床。快晴。
 目的地の寒さがよく判らず、迷った挙句普段とさして変わらぬ軽装で出掛ける。
 京成線千住大橋から上野へ。改札を出たところのコンビニで朝食用にウインナーパン100円也購入するも、ルエノの中に入っているパン屋「フォルサム」のモーニングが10時までやっているのを発見し、時間も少しあるので心惹かれて入る。クラッシュドエッグパン+アイスコーヒー250円也。大変美味で嬉しくなる。

 9時20分中央改札で大下と時間通り合流。一服したかったが構内に喫煙所皆無。おまけに宇都宮線(東北本線)の乗り口を間違え、乗ろうと思っていた9時35分の電車を見事に逃し、早くもアヤがつく旅程。
 携帯で改めて検索し直し、9時48分の上野発で行って大宮で乗り換え、宇都宮乗り換えで黒磯に12時57分に到着することが分かったので、それで行くことにする。ちなみにPASMOが使えるか不明だったのでとりあえず宇都宮まで買ったのだが、結果から言って黒磯まで問題なく使えた。
 電車は大宮まではそこそこ混んでいたが、その先はガラガラで快適。道中、ほとんど学生時代ぶりに腰を据えて近況など色々話をする。内容については割愛するが、それが旅の内容とは一切関係がないことを記しておく。恐らく我々がサシで顔をつき合わせた場合、そこが大学の学食であろうと、月面に向かうロケットの内部であろうと、話の内容にはあまり変化がないものと想像される。
 大宮で乗り換え、ホームで朝飯のスイートポテトをかじる大下。俺も先ほどのウインナーパンを食した。

 宇都宮にも喫煙所が見あたらず、まあ、空いているからいいかということでホームの端っこで一服。その後、またぞろ「風立ちぬ」の感想など言い合っていると、12時57分、あっと言う間に黒磯に着いた。大下がトイレに行っている間に駅のスタンプを押す。


■黒磯で昼食
 改札を出ると、目の前にバス停があった。とりあえず時間を見ようということで、14時10分、15時10分のバスがあることを確認。

 時間もちょうど良いので昼食にする。駅前はざっと見たところシャッターが目立ち、人気は少ない。何軒か目に付いた食堂を追っていると、事前に立ち読みしたガイド本に載っていたそば屋「冨揚」があったので、入る。
 天井が高く小洒落た店内だが、客が他に誰もおらず一瞬不安になる。しかしその後すぐに団体客が来たのだった。メニューを眺め、やはりガイド本に載っていたトマトと豆腐のぶっかけそば800円也をチョイス。

 大下は定食を頼むので、意外と喰うなあと思う。そばは手打ち風のコシのある麺で正解。15時まで禁煙というので長居はせずに出て、店の前の灰皿で一服。
 駅に引き返し、観光案内所でパンフレット類をゲットする。バスの切符売り場があったので、大丸温泉までの切符1200円也を購入した。ちなみに2日間乗車フリーの2500円チケットというのもあり、往復など考えるとこちらのほうがよかったのでは、と後で思う。

 街は閑散としているが、バス乗り場にはある程度人が並んでいた。化粧の濃い女子2人がいたので、「ちゃんと女子もいるよ」と大下を煽ると、「2人だけじゃん」と返される。


■バスで大丸温泉へ向かう
 東野交通バスは払い下げの観光バスを流用しており、レトロな風情は皆無であった。整理券を取って乗車し、最後列の座席を陣取り、イザ出発。「ここからが旅の風情だよ」と呟く大下だったが、数分で眠りに墜ちていた。
 流れる車窓風景を凝視しつつ、ひたすら写真を撮る。途中、3Dメルヘン水族館、サファリパークなどの明快なモヤリスポットが散見され、妙にテンションが高まる。それらのバス停に停まるたびに乗客は少しずつ減っていく。ケバイ女子2名はサファリパークに消えていった。
 落葉した木々の寒々しい光景が続き、GR4の多重露光撮影などして遊ぶ。そのうち段々と傾斜がきつくなり、道も蛇行し始め、本格的に山道に入っていった。

 景色がぱっと変化し、気づくといい感じに鄙びた温泉街に突入しており、そこが那須湯本であった。ガイド本で見た温泉神社の巨大な鳥居や殺生石が横目に見えたので、シャッターを切る。
 那須湯本を通過すると、もはや完全に山道で、急勾配の坂道を蛇行しながらどんどん登っていく。落葉した木々の合間から時折パノラマの景色が広がり、かなり標高が高いことが分かる。大下も起きて景色など見ている。車内に残っている客はオッサン3人組と我々のみ。
 ところで、停車するバス停を知らせる音声が小さすぎて、どこで目的の「大丸温泉」に到達するのか分からず、にわかに焦りが募ってくる。乗車駅別に表示されている料金表を見ても判然とせず、既に通過している懸念もあった。そもそも、読みが「おおまる」なのか「だいまる」なのかも怪しい(正しくは「おおまる」)。
 全神経を耳に集中していると、「次は、おおまる・・・」のアナウンスがあったので、早押しクイズのようにボタンを押す俺。オッサン3人組もここで降りるらしく、乗客はもはや皆無だ。車掌と何かやりとりしているのを聞くと、どうも彼らも北温泉を目指しているらしい。
 本来、ここからさらにバスに乗り継いで2分で「北湯入口」に到達する。しかしそのバスは既に行ってしまったようで、1時間待ちとか言っている。しかし、この区間は徒歩でも10分で移動できることを事前に確認しており、どっちみち歩くつもりでいたので問題はない。


■徒歩で北温泉を目指す
 バスを降りると、流石に山の下と比べて気温がまるで低く、正直寒いと思ったが、空気はいかにも爽やかだ。山の上のほうは既に冠雪しており、気づけば足下にも溶け残った雪が散見され、それはまあ寒いよねと納得。

 営業しているのか不明な廃墟のような入浴施設、年季の入ったさびれた佇まいの土産物屋などが目に付き、最果て感を増しており、テンションが上がった。まさに、こういう誰も来ないところを求めていた。
 木製の展望台で写真を撮る。大下も珍しくスマホで写真を撮り、Lineで彼女に早速送信するのだった。

 一呼吸おいて、北湯入口のバス停に向けて歩き出す。道中、道と林ばかりで何もない。それなりの傾斜の道を下って歩いていく。北温泉は冬季も営業しているが、これは雪に閉ざされていれば過酷な道行きだろう。
 「これは、ろくに下調べしないで女の子連れてきて文句言われるパターンだね」と言うと、「僕はそういう時優しくできないので、喧嘩になるんです」と返してくる大下。
 北湯入口のバス停が現れる前に、北湯に至る道を示す木製の立て看板が見えた。写真を撮る。何メーターとか、残りの距離が書かれているのだが、判読不可。しかし、ここからまだ徒歩で30分あるはずだ。

 順路に従い道を左に入り、さらに歩を進める。口数も自ずと少なくなる。途中で先刻のオッサンズに追いつく。うざいのでやり過ごそう、ということで駐車場脇にあった「駒止めの滝」を見るための展望台に立ち寄る。
 パノラマに広がる山の一角にエメラルドグリーンの滝がぽつんと見え、鮮やかなコントラストを醸していた。馬も脚を止めて眺めたことから「駒止めの滝」と呼ばれるそうだ。この凄さは写真ではとても伝わらないなーと言いながら眺める。

 駐車場にはかなりの台数の車が停まっており、これらはすべて北温泉の客であるため、やはり大分混雑していると思われた。
 そこからさらに細い道を辿っていくと、10分ほどして土砂崩れ防止のための砂防ダムが見えてきた。その足下にあるのが北温泉だ。湯煙をまとった木造建築を遠くに見ていると、いかにも秘湯にはるばる着いたという実感が湧いてくる。温水プールには水着着用の家族連れの姿も見えた。

(後篇に続く)