北温泉旅行記〜2日目。

 11月17日(日)目覚ましは6時30分から15分おきに掛けたが、全身がダルく、とても起き上がれない。大下も同様。7時30分にフロントから電話が入る。喉が荒れて「おはようございます」と言えなかった。朝食なので食べに来てくれとの旨。
 ヨロヨロと起きてきた大下に朝飯だよ、と言うと「今すぐにですか。起きてすぐは辛いですよ」と苦しそうに言う。俺も全く同感であったが、不健康者2名はふらふらと亀の間に歩を進めた。
 昨日と同じ食卓に座すと、大下が昨日と同様に給仕をし始める。よそってくれたご飯に「多いよー」と文句を言うと、「普通ですよ!」と怒られる。ただでさえ朝食を受け付けない俺だが、根性で食す。朦朧として、箸ですくった半熟卵をズボンに落としたりした。大下はそもそも半熟卵に手をつけず。流石にそれを手伝うことはできなかった。

 部屋に戻り、コタツに入ってくたばりつつ、今日の予定どうすんべとにわかに相談。この時点で予定白紙のため、初めて黒磯で貰ってきた観光案内パンフを眺める。サファリパークや3Dメルヘン水族館などの明快なモヤリスポットも気になるが、順当に考えれば昨日通過した温泉神社殺生石であろう。1300年の歴史があるという鹿の湯も隣接している位置関係を把握したので、そこを目的地に決める。
 大下がくたばりながら、殺生石にまつわる九尾の狐の伝説を音読する。兎に角、想像以上に古い歴史を持っているようで、行く価値はありそうに思えた。
 横になっている大下を置いて、だめ押しに最後の入湯をすることにした。天狗の湯に行くと、ちょうど一瞬誰も人がいない。もらった!と思いつつ写真に収める。この絵を撮らずして帰れない。

 陽光が差し込み、夕方とはまたひと味異なる表情を見せていた。そのまま入湯。
 すると50代くらいのオッサンが一人で入ってきて、「熱いですよね?埋めましょうか!私は常連なので勝手を知っているんですよー」と言いながら窓の外に手を伸ばし、加水し始める。
 「学生さんですか?」と聞くので、「ハア、一応社会人です」と答えると、「アア・・・」と微妙な反応。現在、反社会的な長髪であるためマトモな社会人には見えないであろう。なんか微妙な空気なので、「この後鹿の湯に行こうかと思ってるんですが、やはり混んでますか」と尋ねると、「マア混んでますね。時間帯にもよるけど・・・」とムニャムニャして会話続かず。若干気まずいので、「お先に」と言って上がった。
 部屋に戻ると大下が既に二人分布団を畳んでくれており、スマムと思う。流石の生活力。チェックアウトの時刻も迫っているので、荷物をまとめて退去。帳場でお金様を支払う。二人分+ビールで15、700円也。バスの時間を聞いたほうがいいよねってことで、ついでに聞くと、そこに書いてあるよと言うので、掲示されている時刻表を見る。割とちょうど良い時間であることを確認し、出発。
 北湯の玄関で「撮って撮って!」と言って大下に写真を撮ってもらう。

 名残惜しく写真撮りつつ、バス乗り場のある大丸温泉入り口まで引き返す。行きは下りであった坂道を上らねばならず、地味にきつい。途中、既に日帰り入浴客がわらわら来てすれ違い、熱心だねエと話す。駒止めの滝を再度拝む。
 大丸温泉に到着すると、気づけばバスの時間がぎりぎりで、危ないところだった。ほどなく来たので、「温泉神社のところ行きますか」と尋ねると、「那須湯本ね」と何かぶっきらぼうに言われる。15分くらいでほどなく到着。700円。お金を1000円札両替したのだが、10円とかも含めてグチャーと出てくるので、その場で数えるのがテンパる。大下に「なんで怒られてたの?」と聞かれたので、怒られた自覚はなかったが「サア。機嫌悪かったんじゃね?」と答える。
 温泉神社、行く前はそのネーミングから、温泉好きが「良い温泉に巡りあえますように」と願を掛けるのかねえ、と言って完全に侮っていたのだが、想像を遙かに超えて立派な神社で、驚いた。歴史も極めて古く、芭蕉の詠んだ句などもあり、由緒ある神社だ。

 お賽銭5円也を投入し、頭空白で祈る。大下は彼女のことだけ祈ったと言っていた。おみくじがあり、心に迷いを抱えている俺は引きたくなった。軟弱なやつだなー、と言いながら大下も引く。俺は大吉が出たので、テンションが上がった。ここ数年大吉を一切引いていないという大下は、末吉であった。それらを結んだ。
 天皇家のカレンダーが売っていたので、それを有りがたやと眺めつつ、天皇というのはメディアのない時代のアイドルだなとふと思った。
 温泉神社を抜けると、殺生石から鹿の湯に至る道がパノラマで開け、思わずおーと声が出る。硫黄臭がたちこめ、恐山にも似た光景で嬉しくなる。

 殺生石の前は観光客でごった返しており、ガイドのおっさんがツアー団体客に由来などを説明している。硫化水素が出て危険だから近づかぬようにと書かれた立て札があり、何やらものものしい。
 さらに先へ行くと山道に向かっていく入り口があり、展望台2.5kmの立て札が。行くか?ってことで軽い気持ちで登り始めたが、これがまずかった。結構な勾配をテクテク登っていき、早々に後悔し始めるも、そこは野郎二人なので意地の張り合いというか、どうってことねェぜっていう体で涼しい顔して登る。途中、下ってきたカップルとすれ違い、アアこいつらが登れたなら余裕だろと安堵したが、今思えばあれは途中で諦めて引き返してきたものと想像される。
 息を切らして黙々と登る。もはや人影一切なし。時折林の隙間から下界を見下ろすと、かなり高くまで来てしまったことが分かる。何やってるんだろう感が募りつつ、これで大した展望でなければ怒るぞと思う。倒木が行く手を阻んだしていて、あまり手入れされていない山道。登りの2.5kmはそれなりにきつかった。
 ようやく頂上に達すると、そこは恋人の聖地などという笑止千万な、個人的に殺伐とするスポットで、怒りが爆発する。

 夜景がピエロの形に見えるというスイーツな場所らしいが、道化はむしろ我々のほうだ。日中の時間帯では折角の展望も逆光で写真映えがせず、何ともならない景色だった。苦笑いを浮かべる大下に、このような場所に来るカップルは必ず別れる、と一人で毒づく。実際にいけすかないカップルが数組散見された。
 絶対に下りのほうがキツイし、今来た道を引き返すのは流石に嫌だぞ。バス拾えないのかと話しつつ、車道を辿って那須湯本まで引き返すことにしてトボトボ歩き出す。ヒッチハイクできないの?老夫婦とかだったら停まってくれるかもね・・・などと言いながら。
 山登りのダメージが地味に足に来ており、下り坂に負荷が掛かる。歩道など整備されてないので、飛ばしてくる車が通るたびに神経も遣う。言葉少なに歩を進め、何ともタフな道程だなと思う。既に空腹であり、水分も足りていない。
 途中、公民館のような巨大な謎施設が現れ、ひと休みできるのではないかということで、立ち寄ることにする。だだっ広い駐車場があるが、全く車が停まっておらず、閑散としている。ビジターセンターなる施設で、幼児向けのコーナーなどがあり、つくりは綺麗なのだが、入ってみてもいまいち用途不明。カフェ位入っているかと思ったが、特になし。ひたすら広く、がらんとしている。
 とりあえず自販機と喫煙スペースを見つけたので、MATCHを購入しごくごく飲む。ベンチでへたっていると、大下が「一昨日買ったエクレア食べる?」と言ってリュックの底からごそごそと取り出す。潰れてもはや原型を留めていなかったが、半分に分けて食べる。歩き疲れた体に染みた。
 幼児コーナーでキノコ図鑑をぺらぺらめくったり、顔出し看板で写真を撮るなど冷やかして辞去。

 那須湯本に向けて再び歩きだした。足に疲れが来ている。
 ようやく殺生石が遠くに見えてきた。本当は鹿の湯に入りたかったが、もはや今から混雑した湯に入る気力が残っていなかった。バス停脇に最近出来たと思しき無料の足湯があったので、それだけ浸かることにする。歩き疲れた体に足湯は即効性があるのを知っている。湯船は左右二つに分かれており、空いているほうに足を浸ける。

 鹿の湯と同じ泉質かと思ったが、さして硫黄の臭いがする訳ではなく、温度もぬるいので物足りない。湧き出し口を見ると、源泉はちょろちょろとしか出ておらず、その部分のみ高温であった。
 見ず知らずの他人同士で自然発生的に会話が生じている状況を半ば面倒くさく思いつつ話に耳を傾けていると、どうも隣の湯船は高温であるらしい。空いたタイミングを見てそちらに移動し、足を浸けてみると激熱。「これは僕には無理ですわ」と言う大下。50℃近くあるのか、低温火傷しそうなレベルに熱い。しかし、筋肉の疲れにはこのくらいのパンチが有り難い感じがする。気が済んだので上がる。大下が「既に効いているね」と言う。
 ようやく飯にしようということで、バス停近くの適当な食堂を物色する。とにかく、何か温かい汁物が食べたかった。そば屋の前に行列ができていたが、並ぶ気力なし。その隣のさびれた食堂に目が行ったが、大下が「流石にちょっとないッスねー」と言うので、その対面の小綺麗な店を覗いていると、店の前でアユを焼いていたおっさんが、今入るとアユの塩焼きサービスだよ〜とプッシュしてくるので、わー本当ですかなどと言いながら、半ばノリで入ることにする。
 メニューを眺め、ステーキ定食が安かったから迷うも、外国産の肉らしいので、ちょっとお高いが地場産のがよかろうということで、鳥ネギそば1300円にする。大下は唐揚げ定食。
 早速串に刺さったアユの塩焼きが運ばれてくる。野趣溢れる一品だが、大下は食えないと言うので、2本頂くことする。サービス無効。ちなみに身が大変つまっており、塩加減が絶妙で大変美味しくいただいた。

 そして鳥ネギそばも大正解だった。鳥ダシの効いた汁もヘルシーで旨い。鳥も身がぷりっとしてまいう。多分地場産。

 そういえば先刻、時間はずれな鶏の鳴き声を耳にしたが、まさか裏で締めている訳でもないと思うが・・・。唐揚げ定食、激しいボリュームで大下は苦い顔をしていたが、一つ手伝うと鳥自体はやはり美味だった。さすがに飽きそうだったが。
 喰っていると、店員(店主?)が「あれ、ご主人前にも来ましたよね」と大下に話しており、大下は憮然と「イエ初めてです」と応じている。「そうですか。よく似たお客さんを知っているんですよねー」とやたらハイテンション。「なんであんなに楽しそうに仕事できるんだろう」と大下がぼつりと言う。ん?「ご主人」ということはこの人、俺のことを女だと認識している?長髪=女という認識なのか、何か大下のヨメを演じなければいけないような妙な気分になる。
 最後にリンゴまで出てきて至れり尽くせりのサービスだが、何と大下はリンゴも苦手だと言い、サービス完璧に無効。流石だと思う。甘くシャキッとしており大変美味。全く正解だった。
 若干遊び足りない気はしたが、帰途に着くことに。バスの時間を見ると間もなく来るようで、それに乗ることにする。車内では疲れが出てほぼ爆睡。
 黒磯に着き、コンビニで普段買わないような果汁グミを購入すると、大下が「軟弱なものを買って!」と言いながらチョコレートを買っていた。
 帰りの車中は半分くらい寝ており、会話もせず宮崎駿のインタビュー集「風の還る場所」を精読。宇都宮で乗り換え、それなりに長い行程を淡々と消化した。
 上野に到着し、一服できる場所がないので結局公園口から出て、上野公園を通過して西郷像下の喫煙所まで行った。缶コーヒーを飲みつつ、次にバンドでコピーする曲など相談し、現実に戻っていく。翌日は月曜ということもあり早々に解散した。
 結果的に喉が腫れ発熱し、風邪は悪化したが、それでも行ってよかったと満足できる旅だった。