201403湯宿温泉旅行記〜2日目。

 3月22日(土)午前7時にお婆さんに部屋をノックされて起きる。替えのお茶を持ってきてくれて、「今日は天気が良いよ」と言うので「そうみたいだね」と掠れた声で応える。案の定というか、本格的に喉が腫れてしまった。机の上に書き散らした文章を放ったらかしていたら、「あんれ、仕事してたの?」と言うのが可笑しい。
 全身がだるく、コタツにうずくまり茶を飲みながら静止し、体力回復を待つ。お婆さんが「食事持ってきていい?」と顔を出すので、お願いしますと言う(面倒なので部屋にいる間は鍵をかけなかった)。やがて膳が運ばれ、「お風呂は食べた後入るでしょう」と聞かれ、体調が悪いからどちらでも良いと思っていたが、行くと返事をする。
 朝食も見事なハードボリューム。

 ご飯は少しにして、とにかくオカズを全部片づける。川魚の煮付け、卵焼き、納豆、etc。食べたら少しだるさが紛れた。膳を下げながら、お婆さんはしきりに「今日は晴れてよかったね」と繰り返している。
 「ゆっくりと暖まって下さい」との言葉に甘んじて風呂に行く。誰もいないので気分もさっぱりした。湯冷めせぬよう身体をよく拭いて上がる。今日の予定は心づもりとしては猿ヶ京温泉に行くと決めていたが、体調がバッドなので外に出てみて気分で決めようと思った。
 荷物をまとめて部屋を出るとちょうどお婆さんがいたのでお礼を言い、「また来ます」と挨拶した。気分が良いので何か記念品をと思い、土産コーナーを見ると湯宿温泉の手拭いが300円で売っていたので、それを持って9時チェックアウト。一泊二食+ビール+入湯税+手拭い9450円也。受付は昨日の女性でなく、高齢の品の良いおかみであった。「いいお湯でした」と伝える。
 丁寧に送り出され、外に出るとうって変わって晴天。昨日降り積もった雪が日光の下で溶け始め、至るところでさらさらとこぼれている。新雪は誰にも踏まれておらず、驚くほど清々しく、体調のことを忘れた。昨日は雪のためにちゃんと撮影できなかった大滝屋周辺をしっかりと撮る。

 隣接する土蔵や勾配のあるY字路がやはり絵になる。連れがいれば、ここに佇んでいるところを写真に撮ってもらうのだが・・・。

 Y字路の右手がどうなっているのか気になり、入ってみるとどんどん登り、大滝屋やその周辺が展望できた。

 道はどこまでも新雪のままで、誰もまだ歩いていない様子だった。
 階段を上りきると、広い空間に出た。左手にお堂と、正面には巨大な石碑があり、いかにも霊的な空間を思わせた。

 石碑の放つ存在感に思わず手を合わせたが、近づいてみるとそれは戦没者の慰霊碑であった。人の気配はまるでなく、時折雪が木の葉を揺らす音のほか静寂で、時間の止まっている感があった。
 見ると、奥が遊歩道の入り口になっているらしく、地図を見ると滝などもあるというのでテンションが上がる。早速鉄製の橋が現れ、その前には至近距離で滝が流れていた。

 思わぬ自然触れ合いスポットの存在に感動する。しかし、この鉄橋がちゃんと整備されているとは言いがたく、いかにも老朽化して頼りがない。柵も中途半端なくせに、下を見ると即死レベルの断崖絶壁。

 雪の重みで壊れないかと案じながら、ベコベコ言う橋を、滑らぬよう慎重に進む。橋を渡りきった先は雪が途切れていたが、今度は塗れた落ち葉と土が勾配をつくっており、これが雪以上にスリップし、手をついて泥まみれになってしまった。この時点で、登りはよくても下りの危険度が半端ないことに気づいた。また宿を出てからこの間、誰ともすれ違ってはおらず、こんなばかげた単独行でトラブっても誰も発見してくれないだろうと判断し、引き返すことにした。
 Y字路まで戻り、自然触れ合いは諦め、つげ先生の訪れた頃の湯宿温泉の面影を求めて散策する。

 古いまま残っている建物はやはり土蔵が多い。「ゲンセンカン主人」で描かれたような崩れかかった土壁や腐った格子などは実際ほとんど目につかない。温泉情緒のある敷石も、多分そう古いものではないだろう。それでも勾配のある町並みは変化があって歩いているだけで楽しい。途中、4湯あるという共同湯のひとつ「竹の湯」を発見する。

 男湯のほうはちょうど人が入っていたため、このタイミングなら観光客も入れるはずだったが、流石にそこまでのフットワークがなく諦める。湯宿温泉の端まで行くと、温泉街のモニュメントである湯けむりの塔があった。

 その脇には飲泉用の蛇口があったのだが、なぜか湯は出ていなかった。
 テンションの上がるに任せていた体調がそろそろ思わしくない。三国街道沿いにバス停まで引き返し、赤谷川で釣りをしている人たちなどを写真に撮る。バス停前の待合い所に座り込み、この後の予定を考える。本来は猿ヶ京ホテルに行き日帰り入浴という考えだったが、入浴時間は13時から16時と聞いており、現在未だ10時過ぎなので辛い。そこで、グレードは劣るかもしれないが、日帰り入浴施設である「まんてん星の湯」に変更する。場所は事前に調べてあった。
 バスの時刻を見ると次は10時48分でだいぶ余裕があり、待合所で体力回復を図る。バス停には50代後半くらいの夫婦の旅行者がおり、仲良さそうだった。旅行中、カップルというのは何組も目にしたが、この界隈に来るのは3〜40代以降が多いようだ。自由気ままなフリーさと、タフな気分と、一抹の寂しさが混じった複雑な気分になる。女子一人旅とかがいたら仲良くなれるような気もしたけど、そのような遭遇はなかった。
 バスは5分ほど遅れて到着した。湯宿温泉から猿ヶ京方面へ行くバスのルートは、「たくみの里」という観光スポットに行って、そこからまた湯宿温泉に一旦戻ってくるというやや理不尽な道のりである。「たくみの里」は人の乗り降りが激しく、かなり人気があるようだ。バスはその後、標高の高いところまで登っていき、やがてエメラルド色の赤谷湖が現れた。思いがけない絶景に嬉しくなる。「まんてん星の湯」の最寄りである「見晴下」というバス停で410円也払って降りる。ここで降りた客は俺だけであった。

 周囲を見渡すと既に「まんてん星の湯」が視界に入っており、徒歩5分というのはオーバーに思えた。法面に設けられた階段を上がるとそこが既に目的地だ。しかし雪に覆われて若干ルートが判らず、駐車場かと思って足を踏み入れた場所が畑だったりして、慌てて引き返した。変な順路になってしまったがとにかく到着。もっと共同湯めいたところかと思っていたら、近代的なSPAのような新しい施設だったので驚いた。出来てまだ新しいのだろうか。広くて清潔な空間だ。

 靴を預けて受付。一番安い3時間650円也にする(タオルを借りる場合は別料金)。100円硬貨バック式のロッカーに荷物と服を預けて入湯。

 半端な時間のせいか、広々とした空間にさほど人がおらず、思わぬ贅沢な状況についヘラヘラしてしまう。湯宿の侘びしい感じとは一転して天井が高く気持ちいい。浴槽によって温度が異なり、ぬるめの内湯に入った後露天風呂へ行ってみるとこちらは温度は高め。ジャグジーなどタイプの異なる小さめの浴槽が三つある。その脇では太ったおっさんが陰茎丸だしで甲羅干ししていた。この露天風呂から赤谷湖が一望でき、素晴らしかった。

 しばし仁王立ちして目に焼きつける。手漕ぎボートに乗っている人が点のように見えた。
 さらに嬉しいことにはサウナと水風呂まである。体調が悪いくせに調子に乗ってサウナと水風呂を往復した。合間に露天風呂に行くローテーションですっかりフニャフニャになってしまった。
 一時間半くらいゆっくりして上がり、瓶牛乳の自販機があるので飲んだ。普段通っているアクアハウス江戸遊で140円で販売しているものが110円で売っていた。
 この時点で温泉は気が済んでしまい、また体調も考慮して猿ヶ京ホテルまで足を伸ばすのはやめた。SPAのようなところに来ただけなので、猿ヶ京温泉に来たという実感が薄いのがやや心残りではある。かなりバーチャルな感じ。
 朝食が多かったのでお腹も減っていなかったのだが、ここで食べないと後でありつけなさそうなので、お昼にすべく、だだっ広い食堂に行く(ここはいちいち広々としている)。客もまばらで、貸し切りの如し。

 メニューも豊富なのだが、なぜか「たまごかけご飯」550円をチョイスしてしまう。ここまで来てTKGかよ、とも思ったが地鶏の卵とのことで、また郷土料理の「つみっこ汁」というのもセットになっているのでそれにする。

 「つみっこ汁」は小麦粉を練って一口大にちぎったものとゴボウなどが入った田舎汁で、以前遠野で食べた「ひっつみ」とほぼ同じものに思えた。地域によって呼称が違うのが面白い。卵も去ることながら、専用の「卵かけ醤油」というのが美味だった。原材料を見るとオイスターソースなど使っていて、なかなか芸が細かい。しかも猿ヶ京温泉でつくられているらしいので帰りに買おうと思う。
 1階に降りて土産物コーナーへ。しかし卵かけ醤油見当たらず。ブルーベリージャムを買い求めつつ、醤油の件試しに聞いてみると、お姉さんは「店頭にはまだないのですが、在庫があれば・・・」と言って奥に引っ込んでしまう。何か大事にしてしまい恐縮。結局ひとつ出してきてくれて、480円で購入した。TKG大好きな人みたいになってしまった。しかし「まんてん星の湯」最高だった。お勧め。
 外の喫煙所で一服して辞去。先ほどの見晴下バス停に引き返す。14時32分発のバスまで15分ほどあり、暇なので鞄の上にGR4を置き、セルフタイマーで写真に収まる。

 やがてバスが来て、赤谷湖を車窓から見ていると家族連れのお父さんが「緑色で綺麗に見えるが、あれは藻が繁殖しているためで実際には汚いんだよ」と子供に教えており、その情報余計じゃね?と思ったりした。
 先ほどとは逆ルートで、湯宿温泉〜たくみの里〜湯宿温泉と周り、一体ここを何回通過したのだと思う。旅程の組み方もちょっとミスったと言わざるを得ない。途中で同世代くらいの男女7、8人くらいの集団が乗り込んできて、上毛高原駅で降りていった。
 15時16分後閑駅到着。時刻表を見ると次は16時5分発の高崎行なので、弱った。この後閑駅は潰しが利かない。仕方ないので駅前をふらつく。
 事前に調べたところでは、後閑駅には数年前まで「ドイツコーヒー夢」という素敵な喫茶店があった。ドイツ帰りのお爺さんが客の好みに応じたコーヒーやドイツ料理(?)を振る舞っていたそうだ。「野戦」という名前の焼きうどんがあったりしたらしく、「恐怖の戦場」という名のミルクシェイク並みに格好いいなと思ったのだが、残念ながらマスターが亡くなり閉店してしまったそうだ。
 ところが、お店はやっていないのだがその建物が残っていたのでちょっと嬉しかった。これはぜひ入ってみたい店だった。

 一通り写真を撮った後、セブンイレブンで缶コーヒーを買って飲みつつ一服後、身体もだるいので大人しく駅の待合室に行った。座ってメモなど取っていると、背後からSLの激しい汽笛の音。おお、これがと思って感動する。上越線高崎水上間は現役でSLが走っているのだ。映画等の中でしか馴染みがないので、目の前で走られても何となく現実感が薄い。
 16時5分後閑駅発。この区間は座れなかったので、ひたすら車窓からの田園風景を眺めたり写真に撮ったりした。今回の旅行ではほとんどiPodを聴かなかったが、折角なので先日Janisで借りたばかりのスウェーデンのフリーフォーク「Sumie」の1stを聴く。基本アコースティックギター一本と歌のみのシンプルかつストイックな音楽なのだが、これが風景と恐ろしくかみ合って感動した。外で音楽を聴いていると稀にミラクルな瞬間がある。
 16時56分高崎着。高崎で途中下車してもうちょっと寄り道したかったのだが、案外体調が良くないので、気持ちが折れてまっすぐ帰ることにする。
 17時26分高崎発快速アーバン。高崎始発のため今度は座れた。この区間ではひたすら旅のメモをつけていた。19時2分上野着。
 帰って薬を飲むべく、折角だから駅弁的なのを買って帰ろうと思い、ecute uenoのちらし鮨関山で一番人気の「石狩ちらし」1000円也を奮発して買う(量は少ないけどもの凄く美味だった)。
 いつものように上野公園を通過して京成線に周り、帰った。