東北旅行記初日。〜恐山篇〜

下北半島

 8月11日(日)午前4時起床。早朝にもかかわらず蒸し暑く、爽やかな空気は味わえなかった。
 三ノ輪5時15分発の日比谷線で上野に出る。
 構内のNEWDAYSは5時半には開いており、早いなと思う。早起きして空腹だったのだが、新幹線乗り場に行ったほうが旅情を掻き立てる朝飯が手に入るのではと思い、改札を通ってしまう。しかし、お店はまだどこもやっていないのだった。その時、なぜかヤキソバパンが無性に喰いたかった。
 6時6分上野発の「はやて」がホームに入ってくる際、東京駅から乗ってきた吉井氏の姿が見え、手を振ったら彼も気づいた。席は別々なのだが、隣の車両だった。車両内で早速パンを所望すると、サンドウイッチならあるとのことで、それを頼む。船軒サンドという本格的なハム&チーズサンドだった。500円。
 それを喰い、暇なので昨日購入した3DSの「逆転裁判5」を遊ぶ。以前はエミュレータでやっていたので間違えても余裕だったのだが、今回そうも行かず、難度が高く感じた。どうにか一話クリア。
 9時13分八戸着。吉井氏と合流。八戸9時26分発なので喫煙所で余裕こいていたら、思っていたのと反対側のホームで、危うく逃しかけ、焦った。
 この時点で吉井氏は2日目以降の旅程が決まっておらず、車内で諸々の情報をググって酔って自爆していた。
 野辺地での5分の接続も無事成功。しかし、車内が予想以上に混雑しており、通勤電車の様相で辟易し、軽くテンション下がる。お盆時を侮っていた。

■下北の町

 10時52分下北着。昼飯をどうするかが課題。とりあえず観光案内所に行き、地元のお勧め料理を聞くと、みそ貝焼きと海軍コロッケを伝授してくれる。むつBTから徒歩で行ける「まさかりプラザ」に行けば両方食べれるというので、そこを目指すことにする。
 ちょうど来ていたバスに乗り、むつBTへ。230円。着いて早々、風邪気味であると宣言した吉井氏は、薬局で葛根湯を購入した。
 まさかりプラザを目指す。大湊鉄道の混み具合に比べ、あまりの人通りのなさに衝撃を受ける。あの大勢の人たちはどこに散っていったのか?
 まさかりプラザ、ほどなく到着。かなりのモヤリ具合で若干悲しくなったが、気を取り直して2階レストランへ。
 ホタテ尽くし定食と迷った末、みそ貝焼き定食1,250円也にした。吉井氏は煮干しラーメン550円也。
 みそ貝定はホタテ貝殻の上に盛りつけられた、ホタテの具、イカの塩辛等を下から熱し、上から生卵を落とし卵とじにするという野趣溢れる代物だった。イカ及びホタテ刺身が付いているのが嬉しかったが、値段を考えると、そこそこの内容ではあった。
 さっぱりとして旨そうな煮干しラーメンを食した吉井氏は、明日の奥入瀬十和田湖の旅程を本格的に組み始め、ホテルに電話をし始める。
 暇なので1階に降りて一服しつつ、土産コーナーなどを見る。ヒバ材を使用した様々な民芸品が置かれていたが、客はおらず全体的に不毛な感じであった。
 早々に辞去。しかし、14時10分むつBT発恐山行きバスまで時間を潰さなければいけない。まさかりプラザ向かいの広場でやっていた野菜の直売所などをひやかす。
 下北の町を何となくブラブラすることにする。場末感たっぷりのスナックが軒を連ね、悲しいまでに閑散としている。「千葉の田舎のほうに似てるわ」と漏らす吉井氏。
 むつBT向かいにある「松木屋」という地元スーパーに入り、そのリアリズムに半ば酔う。吉井氏が4個300円のトマトを所望するので、半分に分けることにする。あと、金のねぶたという、青森限定と覚しきリンゴジュースを買う。98円。

 ターミナルの年季の入った待合い所にて、それらを食す。金のねぶたは、酸味も感じられる濃厚なリンゴジュースであった。「ヤベー、これすでにトマト感出てんな」と言う吉井氏。トマトもとりあえず1個ずつ喰う。土の香りが感じられ、フルーティーだった。ターミナル内でスタンプを押すなどして時間を潰していると、ようやく恐山行きのバスが来た。

■三途の川を渡る

 乗客は我々を含めて5人くらいしかおらず、若干不安になったが、バス内は極めて快適だった。「ちょっとひと寝入りします」と疲れ気味の吉井氏。
 道はくねくねとした山道を登っていく。バスの音声案内が恐山の解説をしているのだが、スピーカーの調子が悪いのか、音がこもって何を言っているのか皆目わからない。そのうち、なぜかおどろおどろしい歌が流れてきて、スピーカーの具合と相まってバッドトリップしそうになる。
 おまけに、山道の至るところに赤い布をまとったお地蔵さんが散見され、怖い。
 途中、ガイドブックで目にしていた一口飲めば10年、二口飲めば20年、三口飲めば一生若返るという湧き水があり、ああ、これかと思っているとバスが停まり、「よかったらどうぞ」とのこと。愛想のない運転手だと思っていたが、素敵な配慮ではないか。
 ダッシュで行き、とりあえず手ですくって三口飲み、写真も撮った。その後間もなく三途の川と太鼓橋が見え、テンションが上がる。しかし、バス停は三途の川を大分通過した先にあった。
 「とうとう着いてしまった〜」という感慨を胸に、とりあえず三途の川まで引き返すことにする。湖より匂いたつ硫黄臭。しかし、以前大涌谷で感じた硫黄臭よりはだいぶ控えめに感じられた。
 三途の川はかなりの観光スポットのようで、太鼓橋の中腹でキャッキャと記念撮影をする親子などの姿が。「もう少し厳粛にしていただきたいものだネ」などと言いつつ、「これから死んできます!」的な観光丸だしの写真を撮る我々。テンション上がる。

 そして、いよいよ総門へ向かう。噂の恐山・合掌アイスののぼりが見えた。先ほど、バス停前の休憩所にあったノートに「よもぎアイスまずかった」と書かれていたので、トライせねばなるまいと思い、よもぎアイス250円也購入。吉井氏はブルーベリー味。身構えたほどまずくはないのだが、ソフトではなくシャーベット状なのだった。売り子は年季の入ったイタコのような婆であった。

 お土産屋をチラと横目で見て、入山料500円也を払い、イザ境内へ!総門をくぐった途端に心地よい風が吹いてきて、何か瞬時に良い感じのパワースポットなのだった。
 「とりあえず荷物を置こうじゃないか」ということで、すぐ右側にある宿坊「吉祥閣」へ行く(最初間違えて事務所に行ってしまった)。

■美しい宿坊

 想像以上に本格的な建築でビビる。ドアを開けると、エントランスがシンメトリー。スリッパの配置までシンメトリーで、臆する我々。
 何はともあれ、靴を靴箱様にinして、フロントに向かう。ロビーもひたすら清潔で、綺麗。呼び鈴を鳴らすと、位の高そうな初老男性が現れ、言われるがままに手続きをし、お金様を支払う(12000円)。
 「お客様お着きです」という仰々しいアナウンスがあり、いつの間にか背後にいた給仕のオバサン二人に、部屋まで通される。案内された部屋は、俺が千寿17、吉井氏は隣の千寿18であった(吉井氏が予約する際にお願いしたらしい)。
 「ここはお寺なので決まり事が多いですから、よく読んで下さいね」と脅かされつつ、決まり事の書いた紙を受け取る。夕食は18時からでロビーに集合、22時消灯。消灯後は内湯・外湯共に入れない、外出も出来ない、食事中は酒は呑めないが、自販機はある。煙草はロビーで吸える。翌日は6時起床、6時30分より朝のお勤め、7時30分より朝食。食事は浴衣不可。窓は決して開けないこと(虫が入るため)。夜は明かりにも反応するため、カーテンも閉めること。など、かなり細かい注意事項がある。
 「二人で来たのに別の部屋なの?」と問われ、「最初は一人でしたが、彼が後から来たいと言ったのです」と説明する。「一人で使うには広いわよ」と笑われる。確かに、部屋は半端なく広い二間で、シンクも二つ並んでいる。二人同室にしても宿泊料が変わらないので別にした、と吉井氏は行っていたが、これなら同室でも良かったかもしれない。
 簡単に荷物を分けて、早速吉井氏の部屋に遊びに行く。俺の部屋とは左右が逆になっているだけだった。行って戻ってを繰り返していたら、「さすがにノックくらいはして下さい」と叱られた。
 夕飯までまだ時間がかなりあるので、外湯にも行けるようにタオルも準備して出掛ける。履き物が貸し出されていたので、木のサンダルを借りることにする。温泉仕様のために靴下も脱いでいたら、「入る気満々じゃん!」とつっこまれる。

■地獄巡り

 とりあえずは順路に従って地獄巡りに行くことにする。
 白い岩山が無造作に転がり、この世のものとは思えない光景。「スゴイ」としか言葉が出てこない我々。白い岩の迫力のある自然の造形、とその影、所々に散らばる石積み、風車のカラカラと回る音だけが虚しく響く静寂の世界。絶妙な起伏に富んでおり、極めてフォトジェニックな地でもあった。陽は既に傾いており、散策にはちょうど良い時間帯だった。
 しかし、想像以上に足下が悪く、油断すると足が滑り、素足に石が当たって痛い。木のサンダルで来たことを後悔する。
 「これは確かに地獄と思っちゃうよね」と言っていると、極楽浜が見えてきて、さらに圧倒される。エメラルドグリーンの宇曽利湖と、その奥にそびえる山の連なり。無駄なものが一切視界に入ってこない。「天国感出てる!」と感動する。

 極楽浜にはまだ新しい震災慰霊塔があり、「希望の鐘」と「鎮魂の鐘」という二つの鐘を鳴らす。静寂の中に響く鐘の音。これを遠くから聴くのは実に素晴らしい。
 湖に足を漬けてみると、少しぬるかった。このまま山のほうに進んだら、本当に昇天してしまいそうだ。
 一日中いても良いくらいだが、また明日の朝来ることにして、後ろ髪を引かれつつ、順路を進む。血の池地獄をスルーしてしまったようなので、これも明日改めて探すことにする。
 金堀地獄、胎道くぐり、重罪地獄など数々の地獄があったが、下調べが足らず由来不明のものもあった。
 高台にある、展望の開けたところで写真を撮る。
 一通りの地獄を巡ったので、すっかり満足して引き返す。
 散策を終えたところで、いよいよ温泉に入ることにする。外湯は「古滝の湯」「冷抜の湯」「薬師の湯」「花染の湯」の四湯がある。うち二湯が男女別(もう一湯は入れなかった?)、残りの「花染の湯」は混浴である。男湯にはまだ人がいたので、宿坊裏手にあり穴場である「花染の湯」を目指す(最初、間違えて高台上の謎施設に行ってしまった)。

 出発前は、混浴ラッキーエロスなどと言っていたが、無論そんなものは冗談である。実際のところ極めてチキンな僕らは、女性のいないことを願いつつ、戸をガラガラと引くと、果たして女性物の靴と、男性物の靴が・・・。
 スイマセン間違えました、とばかりに開けた戸を戻し、嘆息していると、脇から初老男性が現れ、「風呂入っていかねえか!」と言いながら、何のためらいもなしに入っていくではないか!便乗して滑り込む我々。
 靴の持ち主は中年夫婦らしかった。ちょうど上がるところだったが、慣れた様子でバスタオルで全身隠しているので安心した。すばやく服を脱いで湯に入るオッサンに倣い、イザ入湯。
 事前に聞いていたほど熱くはない(先客が埋めていたせいだったと思われる)。酸性白濁風呂が実に利く。オッサンはここの従業員らしかった。方言でたまに何を言っているのかわからないのだが、フレンドリーかつ話好きで、東京から来た旨、宿泊客である旨伝える。
 「内湯もいいけど、やっぱり俺はこっちのほうがいいな」と言う。後でもう一人従業員が来たので、ここは従業員も使う風呂なのだろう。「毎日こんな温泉入れるなんていいですねー」と言う吉井氏。
 先にお暇して出る。外も決して涼しくはないのだが、湯上がりの体感温度がむちゃくちゃ涼しい。フニャフニャになって宿坊に戻る。

■精進料理に感動
 広々としたロビーには、各テーブルに灰皿が置いてあり、少し意外だった。喫煙者に対しては寛容なのだろうか。各テーブルにはそれぞれ違う種類の茶菓子が置いてあり、サービスで食べれる。くるみ餅というのが素朴な旨さで、ハマッてしまった。一服して部屋に戻り、濡れたタオルを掛け、またすぐに合流して夕飯を採るべくロビーにて待つ。
 18時になり食堂の扉が開き、「用意できましたのでどうぞ」と声が掛かる。
 食堂も極めて広々としており、その一隅に固まるようにして宿泊客皆で集まって食事をする趣向也。部屋ごとに席も決まっていた。
 着席すると、すぐにお坊さんがやってきて、「箸袋の裏側に書いてある五観の偈を見ながらご唱和下さい」と言い、すぐに唱えるので、皆何となく合わせながら詠む。詠み終わると「いただきます」ということで食事が始まる。
 流石に精進料理だけあって肉も魚も無いのだが、何とも言えず美味。献立は、野菜の天ぷら、なめこ汁、豆腐とみそだれ、キンピラや山菜などで、丁寧につくられている。吉井氏は感動していた。
 特に私語厳禁と言われる訳ではないが、自ずと皆黙々と食べる雰囲気。隣室の角井という人(名前が各室掲示されているので分かる)は、同年代だと思うのだが、いかにも好青年で、話しかけようか迷ったのだが、お喋りする雰囲気でないので、やめた。
 客はせいぜい連れがいても二人くらいで、一人客が多いようだった。家族連れは皆無である。各自のお茶を自然発生的に汲み合うなど、極めてマナーの良いお客さんばかりであった。
 ご飯が最初笑ってしまうほど盛りが少なく、思わず吉井氏と顔を見合わせてしまった。真っ先にお替わり&しかも3杯食べてしまったが、最後はおひつの中の米残量もだいぶ少なくなっており、最終的には食べ切ってしまったと思う。吉井氏も3杯お替わりしていた。
 食べ終わっても、座して待たねばならない。20分して、お坊さんが再度現れ、「食後の偈」を唱和して、「ごちそうさま」で食事は終了となる。箸はまた朝食で使用するので、各自持ち帰るのだった。
 ロビーで一服。「なんであんな美味かったんだろう」と興奮気味の吉井氏。五観の偈について、「ああいうの大事だよね。俺、何も考えずに松屋でメシかっこんでたわ」と言い、まさしく同感であった。
 なお、五観の偈とは以下の内容である。
★食前の偈
 一つには 功(こう)の多少(たしょう)を計(はか)り、彼(か)の来所(らいしょ)を量(はか)る
※このお米は八十八回と言われるほど大変な苦労を重ねて出来たものであり、この食膳に上るまでに沢山の人の手を経て今始めて戴けたことにまず感謝する。
 二つには 己(おの)れが徳行(とくぎょう)の、全缺(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に應(おう)ず
※私は今この食事を戴けるほど日夜努力しているかどうか反省する。
 三つには 心(しん)を防(ふせ)ぎ過(とが)を離(はな)るることは貧等(とんとう)を宗(しゅう)とす
※お腹が減ると怒りっぽくなったりしてとかく過ちを犯しがちなもの、そうかと言っておいしいから沢山食べ、嫌いなものだからと言って少しでやめたりはしない。
 四つには 正(まさ)に良薬(りょうやく)を事(こと)とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為(た)めなり
※食事をすることは、薬を戴くのと同様で、やせ細ったり命が絶えたりしないために戴くのである。
 五つには 成道(じょうどう)の為(た)めの故(ゆえ)に今此(いまこ)の食(じき)を受(う)く
※自分自身の本分を全うし、よりよき人間として素晴らしく生き続けるために今この食事を戴きます。

★食後の偈
 願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを。(ごちそうさま)

■夜の霊場散策

 部屋に戻ると、既に猛烈に眠気が。しかし、閉山後の外湯に入れるのは宿泊客の特権であり、ぜひとも行かなければならない。根性で用意をして、浴衣に着替えて外湯に向かう。今度は木のサンダルではなく、木の下駄を履く。
 早速先ほど入れなかった男湯に向かうと、誰もおらず貸し切り状態。ここぞとばかりに写真を撮る。結局、源泉は大変熱いことがよくわかったので、ここは水で埋めることにする。湯は流石に酸性だけあって少しピリピリする。窓から顔を外に出すと、大変涼しい。
 ひとしきり湯浴みを楽しみ、満足して出る。すると、前掲の角井氏が一人で入りに来たのとすれ違った。湯船で一緒になれば、会話もあったはずだが、またしても機会を逸した。
 すっかり陽は落ちたが、さほど真っ暗でないのが意外である。そういえばむつの夜景は評判らしいなので、案外夜も暗くならないのかもしれない。
 空には三日月が浮かんでいる。「湖に映る三日月見たくね?」とロマンティシズムなことを言う吉井氏。
 とりあえず手近な高台に登ってみたが、月が映る位置までは視界が開けなかった。また、極楽浜まで歩くには、先ほども木のサンダルで難儀したように足下に気をつけないとかなり危なっかしく、暗い中歩くのは危険に思えた。「てか、正直コワイ」と言う吉井氏。

■内湯に圧倒される

 また明朝行くことにして、宿坊に引き返す。部屋に戻り、いよいよ眠気はマックスなのだが、外湯にはカランがないため我々は頭髪を洗浄できていない。従って最後の力を振り絞り、内湯へと向かう。
 内湯入り口もシンメトリーで、至るところに美意識が感じられる。「こんな立派なところ泊まるの初めてだな」と嘆息する吉井氏。
 話には聞いていたが、内湯の広さも尋常ではない。脱衣カゴがずらーっと並ぶ中、客我々のみ!食堂で見た感じでは、宿泊客は15人くらいはいるはずだが、鉢合わないのは、ツイているのか。
 浴場に入ると、思わず「ウワー」と言ってしまった。プールのようにだだっ広い浴槽と、大量の洗い場があるのだが、客我々のみ。この空間を占有できるのは相当贅沢だが、逆に一人で来たら、外湯よりもかえって不気味かもしれない。
 湯は外湯と同じ酸性白濁風呂。湯の温度はやはり源泉で、かなり熱かった。熱湯が苦手らしい吉井氏はあまり入れず。なお、露天風呂もある様子だったが、なぜか湯は張られていなかった。
 無事に頭髪を洗い、上がる。ドライヤーは2個あるうちひとつは壊れていたが、ひとつは生きていた。電化製品が逝ってしまうのも、恐らく硫黄のせいなのだろう。気づけば、シンク自体はピカピカなのだが、蛇口部分だけが極端に黒く変色している。全てが酸化してしまう場所なのだろう。
 完全にフニャフニャになった我々は、締めとして俺は500mlの缶ビール(500円)、吉井氏は300mlの缶ビール(300円)を自販機で買い求め、俺の部屋にてささやかに宴となった。肴は、昼間購入したトマトの残りと、吉井氏持参のスナック菓子である。
 今日一日の撮った写真などを見て回顧する。「初日でハイライト迎えちゃったでしょ」と言うので、「いや、きっと奥入瀬は最高だよ」とフォローする。明日は八戸で別れ、彼は十和田湖へ、俺は遠野へと各自向かうのだ。
 宴も終了し、「夜中怖くなったらそっちの部屋行くわ」などと冗談を言いながら吉井氏が帰っていった。
 誰もいないロビーに煙草を吸いに行く。時間は22時消灯の直前だが、灯りは未だ落とされていない。独りになると、本当に静かな場所だと実感する。
 部屋に戻り、携帯、デジカメ(親に借りたRICOH R10)、3DSをそれぞれ充電し、消灯した。枕が高く、硬いので外して寝た。猫背対策として、枕なしで寝るのは慣れているのである。